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東京地方裁判所 平成12年(ワ)2895号 判決

原告 棚谷康之

被告 早川滋

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一一年七月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、別件の訴訟における被告の準備書面の記載によって原告の名誉が毀損されたと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料を請求するものである。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告及び被告は、いずれも弁護士である。

2  別件訴訟の提起等

(一)(1)  大宮秀雄は、被告を代理人として、平成九年二月二七日、東京地方裁判所に対し、株式会社ハイネット二十一(以下「ハイネット二十一」という。)を債務者とする不動産仮差押命令の申立てをしたところ(東京地方裁判所平成九年(ヨ)第一一三六号)、東京地方裁判所は、同年三月一四日、これを認めて不動産仮差押命令を発令し(以下「本件仮差押命令」という。)、同日、目的不動産に対する仮差押登記手続が経由された。

ハイネット二十一は、原告を代理人として、同年五月一日、東京地方裁判所に対し、仮差押解放金一五三〇万円の供託による保全執行(右不動産に対する仮差押登記)の取消しを申し立てたところ(東京地方裁判所平成九年(ヲ)第九〇〇三八号)、同月六日、東京地方裁判所は、これを認めて、右保全執行を取り消す旨の決定をした。また、ハイネット二十一が原告を代理人としてした保全異議の申立て(東京地方裁判所平成九年(モ)第五二三七四号)に基づき、東京地方裁判所は、同年九月二四日、被保全権利が存在しないことを理由に、本件仮差押命令を取り消す決定をした。

(2)  大宮秀雄は、被告を訴訟代理人として、東京地方裁判所に対し、ハイネット二十一を相手方として、仮差押事件の本案訴訟を提起したところ(東京地方裁判所平成九年(ワ)第八〇〇六号)、東京地方裁判所は、平成一〇年八月二七日、大宮秀雄の請求を棄却する旨の判決をした。これに対し、大宮秀雄は、被告を訴訟代理人として、控訴を提起したところ(東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第四四七三号)、東京高等裁判所は、平成一一年二月一八日、これを棄却する旨の判決をした。

(二) ハイネット二十一は、原告を訴訟代理人として、被告を訴訟代理人とする大宮秀雄による(一)(1) の不動産仮差押命令の申立て等が不法行為に当たるとして、大宮秀雄及び被告を相手方として、仮差押事件等に要した弁護士費用金五一一万三〇〇〇円相当額等につき損害賠償を求める訴訟を提起した(平成一一年(ワ)第八三四六号損害賠償請求事件。以下右事件を「別件訴訟」という。)。

3  別件訴訟における当事者の主張

(一) 別件訴訟において、ハイネット二十一の訴訟代理人の原告は、2(二)の弁護士費用金五一一万三〇〇〇円相当額の内訳を、<1>起訴命令申立手数料金一〇万円、<2>保全異議申立着手金五七万円、<3>保全異議の申立てに伴う執行取消申立手数料金二八万五〇〇〇円、<4>解放金供託による執行取消申立手数料金一〇万円、<5>保全異議報酬金五七万円、<6>本案訴訟第一審及び控訴審着手金各八七万二〇〇〇円、<7>本案訴訟報酬金一七四万四〇〇〇円であると主張した。

(二) これに対し、大宮秀雄の訴訟代理人兼本人である被告は、原告の主張する右弁護士費用相当額の損害と不法行為との相当因果関係につき、<2>の保全異議申立着手金以外のものとの因果関係を否認し、被告らの主張として、左記(1) 及び(2) の記載がある平成一一年七月二一日付準備書面(以下「平成一一年七月二一日付準備書面」という。)を提出し、これを同月二六日午後一時一〇分の別件訴訟の口頭弁論期日において陳述した。なお、左記(1) の記載は、平成一一年七月二一日付準備書面の「『三 原告主張の損害のうち原告第一準備書面に記載の弁護士費用について』『2 弁護士費用に関する因果関係について』『(三) その余の保全異議事件の因果関係を争う理由』」の項に記載されたものであり、左記(2) の記載は、左記(1) の記載に引き続く、平成一一年七月二一日付準備書面の「『四 求釈明』『1 釈明を求める理由』」の項に記載されたものである。

(1) ア 民事保全法と同報酬規則との間の用語を対比してみると、次のとおり。

第一東京弁護士会の報酬規則(平成八年四月一日施行)第二五条は、保全命令申立事件と保全執行事件とに区分している。

民事保全法は、第一章保全命令に関する手続(第九条から第四二条)と第二章保全執行に関する手続(第四三条から第六五条)に区分されている。第一章には、起訴命令、保全異議、原告主張の各執行取消、以上の手続が規定されている。

イ 同報酬規則第二条と第五条から指摘できる因果関係は、次のとおり。

同第二条は、「会員がその職務に関して受ける弁護士報酬及び実費等の標準は、この規則の定めるところによる」と定める。

同第五条は、弁護士が受ける費用等は一件毎にこれを定め、裁判上の事件の個数は審級毎に一件とすると定める。

従って、原告主張の起訴命令申立てから解放金供託による執行取消までの諸手続は、保全命令申立事件の内容で全体として一件であるから、保全異議事件着手金と別個独立な費用を請求できる原因ではない。同諸手続に対する弁護士費用は、本件保全異議事件着手金標準額金五七万円に包含されている。

原告主張の諸手続のうち起訴命令申立、執行取消申立、解放金供託による執行取消申立等の処置につき独立して弁護士費用を受けたとの原告主張額は、同報酬規則に違反する。

ウ 同報酬規則では請求できない報酬等の授受があっても、それは、因果関係ある損害に該当しない。

(2) ア 弁護士は弁護士倫理第五八条により規則遵守義務を課せられている。同報酬規則違反の費用を受けることは、同条の倫理違背であるから懲戒事由になる。

同報酬規則違反の弁護士費用額は、仮に現実の支払があっても、因果関係ある損害に該当しない。

イ しかし、被告らは、保全異議事件に関する弁護士費用のうち着手金以外の費用等も賠償すべき損害として請求を受けているのであるから、原告に対して、同費用発生の具体的な報酬規則上の論拠を示すように釈明を求める。

二  争点

1  別件訴訟における平成一一年七月二一日付準備書面の前記記載内容は、原告の社会的評価を低下させるものといえるか。

2  被告の右準備書面を弁論期日において提出、陳述した行為は免責されるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

前記第二、一3(二)(1) の記載及び同(2) の記載は、一般人の注意と捉え方でこれを読むと、<1>弁護士である原告が、ハイネット二十一から、保全異議申立費用のほかに起訴命令申立て、執行取消申立て、解放金供託による執行取消申立ての各費用を別個に受け取っていた、<2>右は、第一東京弁護士会報酬規則に抵触するところ、そのような報酬の授受があっても、これは不法行為と因果関係のある損害に当たらない、また、<3>そのような報酬の受領は弁護士倫理五八条に違反するものであって、懲戒事由に当たるということを示唆していると読み取れるというべきである(なお、同(2) アの記載は、それだけを取り出して読むと、弁護士倫理についての一般的な記述にすぎないともいえるが、その直前の(1) の記述《すなわち、原告は報酬規則に違反する報酬を受けているという主張》から引き続いてこれを読むと、(1) の原告の報酬規則に違反する報酬受領は弁護士倫理規定に違反するもので、懲戒事由に当たるということを示唆しているものと読み取れることが明らかであるというべきである。)。そして、右記載内容は、右のように、原告の行為が弁護士倫理規定に違反し、懲戒事由に当たるということを示唆している点において、原告の社会的評価を低下させるものであることを否定できない。

二  争点2について

我が国の民事訴訟は当事者主義、弁論主義を基本としており、当事者に法廷での自由な弁論を許すことにより、事案の真相を解明し、私的紛争の適正な解決を実現しようとしているのであり、当事者には原則として自由に弁論をする権利が保障されているといえる。当事者から委任を受けた代理人の弁護士も、当然、委任者たる当事者の利益のため、この権利を行使して主張、立証活動を尽くす職務上の義務を負う。そして、民事訴訟においては、必然的に、当事者間の利害関係が鋭く対立し、一方当事者の主張・立証活動等において、相手方当事者やその訴訟代理人等の名誉、信用等を毀損するような主張等に及ばざるを得ないこともあり得るが、そのような主張等に対しては、相手方には直ちにそれに反論し、反対証拠を提出する等、それに対応する訴訟活動をする機会が制度上確保されており、また、その主張等の当否や主張事実等の存否は、事案の争点に関するものである限り、終局的には、当該事件についての裁判所の裁判のなかで判断が示され、これによって、損なわれた名誉等を回復することが可能になるという仕組みになっている。このような民事訴訟の特質、仕組を考えると、民事訴訟において、相手方当事者ないしその代理人の名誉、信用等を害する弁論がされたとしても、その弁論が、当該事件と全く関連性がないもので、専ら人身攻撃ないし誹謗中傷を目的としていて弁論の目的、範囲を明らかに逸脱するものであるなど、権利の濫用に当たるといえるような特段の事情のない限り、右弁論は、訴訟活動として違法性が阻却され、不法行為が成立しないというべきである(なお、最高裁昭和五七年(オ)第三七〇号同六〇年五月一七日第二小法廷判決・民集三九巻四号九一九頁参照)。

これを本件についてみると、前記争いのない事実等に記載のとおり、ハイネット二十一は、別件訴訟において、仮差押事件等において支出した弁護士費用相当額を不法行為と相当因果関係のある損害と主張しているところ、平成一一年七月二一日付準備書面における前記第二、一3(二)(1) 及び同(2) の記載は、前記<2>の、原告はハイネット二十一から弁護士会の報酬規則に抵触するような報酬の受領をしているところ、右のような報酬の受領があったとしても、それは損害として因果関係を欠くということを主張することに主眼があるものと認めることができるところ、それは正に別件訴訟の攻撃防御方法に係る主張であり、これを事件と関連性のない主張などとということはできないものである。そして、前記<1>は、同<2>の前提である事実主張に関する部分であって、事件と関連性のあるものであるし、前記<3>の報酬の受領が弁護士倫理規定に違背し、懲戒事由に当たることを示唆するくだりは、やや問題がないとはいえない(不法行為と損害との因果関係を論ずるには、原告の報酬の取り方と弁護士報酬規則との関係について論ずれば足りるのであって、それ以上に報酬規則違反は弁護士倫理規定違反を構成し、弁護士法の懲戒事由に当たるなどという点にまで触れる必要はなかったというべきである。)が、この部分も、不法行為と相当因果関係がないことを強調する趣旨のものと読めるのであって、別件訴訟の攻撃防禦方法とは関連性がなく、専ら原告個人の人格攻撃ないし誹謗を目的とするものであって、権利の濫用に当たるなどとは認定できないというべきである。

三  したがって、別件訴訟において被告が平成一一年七月二一日付準備書面を提出し、陳述した行為は、弁論活動として違法性が阻却されるものである。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大坪丘 裁判官 浦木厚利 裁判官 辛島明)

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